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 やまのあねさまのものがたり(石の花)  -  2008.07.22.Tue / 02:22 
今日はメンテが来てるので、久しぶりに本の話でもしてみようかと思うのです。
今回も児童文学です。

ロシアがソ連と呼ばれていたよりもまだ昔、帝政時代のロシア、ウラルに生まれ育ったバジョーフという人が書いた「石の花」という作品は、あたしが小さい頃から本当に大好きなお話でした。
何度も何度も母にせがんでよんでもらったものです。

やせっぽちのみなしご少年ダニールシコは、腕はいいけれども偏屈で知られた石工のプロコーピィチのところに、ほぼ強制的に弟子入りされられてしまいます。プロコーピィチは、いわゆるひとつの頑固職人で、それなりに野心もやる気もある弟子たちを片っ端からいびり倒し罵倒してたたき出してしまうのですが、プロコーピィチをはじめとして多くの職人を搾取していた当時の鉱山管理人は、彼の技術が途絶えてしまうことを惜しんで次々に弟子を送り込んでいたのでした。ダニールシコを育てる気も技術を伝える気もまるでないプロコーピィチでしたが、ダニールシコが「素材を見る(原石をみて、細工の方向性を見極める)」天性の才能を持っていることに気づき、というより見抜いて、気づいて以後は大切にダニールシコを育て、自らのもつ技術を教えるようになりました。ダニールシコはプロコーピィチを親と慕い、師匠として敬愛しつつ、まもなく彼を上回る技量を備えるようになり、やがてカーチェンカという恋人も得るようになりました。成長したダニールシコは誰もが驚く立派な作品を仕上げるまでになったのですが、その作品をみた権力者はさらに技術も素材も高度なものを作成するように要求します。その意向に添えない場合は、すなわち生存すらも脅かされてしまう。すでに年老いて病みがちになった師匠と大切な恋人を守るため、また自らの技量を思う存分にふるいたいという職人魂の願いのために、ダニールシコは素材を求めて鉱山に出向きます(素材の調達も職人の仕事だったため)。
そこでダニールシコは、土地の人々から「やまのあねさま」と畏れられ敬われている、鉱山の精霊たる美女に出会います。あねさまはダニールシコの願いのうち、職人としての、よりよい作品を作りたいという野心をくみとり、自らの領地に彼を住まわせて存分に石工の腕をふるわせるようになりました。
一方、いつまでも戻らない恋人を待つカーチェンカは、老いて病み疲れたプロコーピィチを介抱し養っていましたが、ある日決意を固めてダニールシコの行方を追って、「あねさま」がいるという鉱山に乗り込みます。物理的にも慣習的にも、若い娘がとうてい入れない険しい山に。
あねさまの山で、カーチェンカとダニールシコは再会するのですが・・・。

あたしが母に読んでもらった本はもうずいぶん昔のものでしたから、表現も今風でなく、石の名前も「孔雀石(マラカイトのこと)」「ざくろ石(ガーネットのこと)」など古風なもので、それがまた小さかったあたしにはどきどきするほどステキなものに感じられました。ダニールシコが作った大きな孔雀石の、花を意匠した杯などををうっとりと想像していました。また鉱山労働者や石工といった職人たちが、過酷な労働環境のなか、今でいうところの労災で苦しみつつ貧しいままに使い捨てられていくことに悲憤したものです。

やまのあねさまは銅山の精霊で、鉱山を頼りに生きている人たちに様々な姿を見せ、その人生に大きく関わることもあります。あねさまに愛されてその娘となってしまった少女のお話なども切なくて美しく、そして恐ろしくもあります。自らも鉱山労働者の息子だったバジョーフは、やまのあねさまや、彼女に翻弄される人々の伝承を丁寧に採取し、美しい物語として世に出してくれました。

あたしがヴァナで最初に選んだ所属国が鉱山立国のバスだったのは、この作品の記憶が大きかったからだと思います。

「石の花」というと、坂口尚さんのマンガが有名で、これもすばらしい作品ですが、バジョーフの「石の花」のこともなんとなく話したいと思ったので記事にしてみました。

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